第一回 若桜鉄道の昔と今

住民有志の皆さんで結成された「若桜鉄道もりあげ隊」。

若桜鉄道や鉄道に乗る観光客のため、活動していただいております。

若鉄への気持ちや観光客へのおもてなしについて、お話を聞かせていただきました。 

以下写真:福本 揚子

楽しむことが根底にあるのが、もりあげ隊のいいところ

———今日はよろしくお願いします。

若桜鉄道もりあげ隊の皆さんがどんな思いで活動されているか、若桜鉄道に関心がある方、八頭町を訪れる観光客や八頭町にお住いの方に知っていただければと考えています。

若桜鉄道もりあげ隊は、いつから始まったのですか?

若桜鉄道もりあげ隊Aさん(以下Aさん):ある会に参加した時、八頭町在住の議員さんが若桜鉄道や地元の盛り上げしてくれないかと打診があり、それが一番初めのきっかけです。

そこに若桜鉄道に勤めている方もいて知り合いになりました。

その方が、新幹線で使用していた車内販売用のワゴン車を1万円で買い取ったとFacebookに挙げていて、「車内販売してみたい」と若桜鉄道に伝えたところ、「是非お願いします」と言ってくれました。

若桜鉄道もりあげ隊Bさん(以下Bさん):もりあげ隊のはじまりについての詳細は、わかてつ便りの第一号に書いているからそれを見てくれたら、ありがたいです。

私たち住民は、若桜鉄道の観光客のために何ができるのか?それは住民が若鉄を愛している姿を形にすることこそ最高の「おもてなし」なのではないか。そう思って住民有志で立ち上がったのが「若桜鉄道もりあげ隊」です。

(わかてつ便り創刊号より引用)

わかてつ便り創刊号

車内販売のはじめは、自分のお店で作っていた野菜や商品を売っていました。

Aさん:「安全安心、お金をかけない、人に迷惑をかけない」を守ってくれれば、何をやってくれてもいいですと若桜鉄道に言ってもらって活動することにしました。

———皆さんがもりあげ隊として、どんな活動内容をされているか教えてください。

Aさん:私は若桜鉄道に乗って、観光列車で車内販売をしています。

現在新型コロナウイルスの流行のため、行うことができないことが残念です。

今は観光列車だけなんですけど、昔は休日普通の列車で車内販売を行っていて、あれも楽しかったです。

昔は、岡持ちで販売していたこともあり、今のように観光客がメインではなくて、鉄道ファンや普通の乗車客も乗っていて。

結構地元の人が買ってくれたのも、記憶にあります。

若桜鉄道もりあげ隊Cさん(以下Cさん):昔は、トマトとかホウレンソウとか汽車の中で売ってました(笑)。

お土産品じゃなくて、本当に地元で採れたものを売って、買って帰ってもらおうということでやってました。

Aさん:若桜谷や八頭町にある、そのままのものを受け取ってもらおうと思って。ありのままを。

Cさん:その後観光列車になってからは、ちゃんとしたお土産品を販売するようになりました。

Aさん:あと、もりあげ隊の活動としては、わかてつ便りを年数回発行し、沿線の情報を発信したり、沿線に花を植えたり、お祭りに出演して踊りを踊ったりしていますね。

沿線の清掃活動の様子

———若桜鉄道の車内販売や各種イベントにもりあげ隊として参加する際に、県内外や八頭町の地元の方と触れ合うことが多いと思います。何か心がけていることは、ありますか?

若桜鉄道もりあげ隊の皆さん(勉強会の様子)

若桜鉄道もりあげ隊Dさん(以下Dさん):はじめは八頭町だけ車内販売を行っていたのですが、若桜町でも車内販売すると決まったときは、若桜町の皆さんすごい緊張感をもって望んでいました。

販売のマナー講習など受けたことで若桜町では、ちゃんとやらなければならないと力が入っていました。

Aさん:私は車内販売をする際に、一期一会の精神を心がけています。

八頭町に来てくれた感謝の気持ちを伝えないといけないと思って望んでいます。ありがとうをしっかり伝えたいです。

でも、お客さんには地元の女性がやってるってことに、親しみを持ってもらえるとありがたいです。

Bさん:八頭町という田舎で、都会のどこにでもあるような画一的なことをやっても仕方がないと思うし、私たちには似合いません。

というかできません(笑)。

私は車内販売やその他のイベントで、八頭町や若桜鉄道に興味を持っている方に、鉄道のPRや観光についてお伝えすることを意識しています。

あと、Aさんと同じように八頭町に来てくれたことの感謝の気持ちは、しっかり伝えるようにしています。

出会ったときの「いらっしゃいませ」や最後の「ありがとうございました」にその思いを込めています。

特に車内販売でおみやげを買ってくれた方には、感謝を伝えなければいけないという使命感が湧いてきます(笑)。

一昔前の隼ラッピング列車とレトロ化された因幡船岡駅

Aさん:地元の私たちが、私たちの声で、観光客やお客さんに接していければいいと思います。

八頭弁の方言が出たり、お客さんに聞かれたことに、自分なりの考えで答える。

自分が観光客だったらそうやってもらえた方が嬉しいので。

なんせ楽しくないと続かないしね!自分たちで楽しいこと見つけてやってきました。

若桜鉄道もりあげ隊Eさん(以下Eさん):楽しむことが根底にあるのが、もりあげ隊のいいところだとと思います!

昔は「若桜線」で「若桜鉄道」ではなかった

輸入レールの庇と石積みのプラットフォームが印象的な丹比駅

―――なるほど、ありがとうございます。

皆さんは、小さいころから若桜鉄道に乗車されてると思いますが、どんなところが一番変わりましたか?SLに乘られたことは、皆さんないんですか?

Eさん:ないです。

Aさん:ないです。年代的にいないんじゃないですか?

Cさん:私は、乗ってました!

Eさん:えー!!

Bさん:私も乗った覚えがあります。

Dさん:僕も乗った覚えがあります。

Cさん:SLに乗るのは、嫌いだったんです。噴煙が舞うから。窓を開けたらすぐ目に入って、大変でした。

だからディーゼルに移行する途中、SLには乗りたくない、ディーゼルに乗りたいと思っていました。 早く全部ディーゼルになって欲しいと思っていました。

若桜に住んでいたので、SLがある風景は当たり前でした。  

Bさん:私も乗った記憶は、小さすぎてないのですけど、乗っていたなという実感はあるというか。昔は「若桜線」で「若桜鉄道」ではなかったんです。

———逆に変わってないところは何ですか?

Eさん:夜の風景は、変わってないですよ。

——駅をレトロ化しましたが、昔の雰囲気に戻りましたか?

Cさん:私は大分様子が変わった印象があって。

と言うのも、昔は貨物が中心で駅舎には、切符売り場の前に荷物を受け付ける台があったんです。

低くて戸が大きいような台があって。それが今はないから、すごく変わったなと思って。

さん:私にとっても駅は、送る荷物を持っていくところという感じでした。

大事なものを送るときは、木箱に詰めて傷つかないように藁でくるむのが普通でした。

荷物には、荷札を付けて鉄道に乗せて送ってもらうことが多かったです。

Eさん:因幡船岡駅や隼駅に置いてあるはかりを実際に使っていた時期ですね。牛を運んでいたのは、記憶にないですね。

自分たちより2世代前ぐらいの出来事だと思います。

Dさん:若桜駅は木材の輸送のため使っていたことが多かったです。巨木を運んでいたのが印象的です。

Bさん:私はそんな印象あんまりないんだけど。

Aさん:八東駅も木材の貨物によく使われていた印象があります。

日本通運と製材所が若桜鉄道の各駅に必ずあって、貨物列車がとにかくいっぱい走っていました。

貨物列車が走っていないことが、昔と今で一番変わったことかもしれません。

<続きます>

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